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Created August 31, 2015 12:59
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ロブスターという現象、あるいは壊れゆくミーミーについて

ロブスターの話をしましょう。皆様ご存知の通り、ロブスターこと「デイ・オブ・ザ・ロブスター」シリーズはニンジャスレイヤーという小説の一掌編でありながら、その中でもっとも異形の存在として認識されています。本稿ではあえてその内容へは一切触れませんが、おおよそこれを読者の方々の感想は次のようなものに集約されることでありましょう。すなわち、

――これは粗悪な模倣品である――

と。事実ゴーストライターの存在すら疑われたこの短編は、作者・翻訳者ら自らによって手を変え品を変え神の雷のごとく読者をもてあそぶ玩具として使われています。これを彼らのいつもの悪趣味な手慰みとみなすことは容易ではあります。ですが私はここに彼らの黒いメンポの奥に秘められた強固な信念を感じざるを得ません。

私はあえて模倣という言葉を使いましたが、このロブスターという名の悪夢が、作者の手によるある種の諧謔に満ちたセルフパロディであることは疑いようがないでしょう。ですがここで我々はまた、模倣あるいは複製といったキーワードがニンジャスレイヤーという長大な物語の中を貫く重要なモチーフであることに気づかされます。クローンヤクザ、シキベ・タカコ、ユンコ・スズキ――肉体や人格すら容易にコピーされるサイバー世界にあって、彼らは人間の自我とは何かを常に問い続けています。

思い返せば、20世紀の高度経済成長におけるパラダイムは物質の大量生産でありました。キャンベルのスープ缶に象徴されるように、オートメーション化された工場から同じ形の物体が次々と生み出されるという強烈な体験は、人類の意識を大きく変革させたことでしょう。そしてここ21世紀に至り、我々はさらなるパラダイムシフト――情報化社会の到来に直面しました。『ニューロマンサー』で予言された未来のように、現代は物質ではなく形なき情報こそが世界を支配する主役となったのです。

しかしサイバーパンクの始祖がひとつ読み違えたこと、それは情報が持つ価値の暴落です。それはひとえに情報を複製するコストが限りなく無であることによります。私たちはコピー&ペーストというほんの些細な指先の運動によって、一寸の狂いもなく完全な複製体を生成することができます。国家や企業が隠し持つ機密は、もはやハッカー垂涎の秘宝ではなく、無料のランチへとなり下がってしまったのです。ダウンロードされるバイナリ・データには、もはやズボンのジッパーもバナナのシールも付ける余地はありません。

これに対する作者らの悲観は、次のような発言にも表わされています。

しかし負の側面もありました。2000年問題を間近に控え、新たな世界への期待と同時に不安が高まっていました。そんな中で、私たちが見た最悪の未来は、全ての崇高なるものがコピー&ペーストによって拡散され、陳腐化し、薄まり、全ての俗悪なるものが増幅された、電子的なディストピアでした。 6 https://twitter.com/NJSLYR/status/203481040461893634

ですがその一方で、情報の複製を礼賛するような、次のコメントもあります。

◆Second reason is, authors Bond&Morzez are embracing the meme’s mutation during re-re-re-re-translation. They don't wanna go Kubrick's way◆ https://twitter.com/NJSLYR/status/589403057579958272

この二者の違いはどこにあるのでしょうか? ここで注目すべきは後者の発言内にある "meme" という単語でありましょう。ミーミーあるいはミームとは、個人が持つ心理的認識の人から人への伝搬を、遺伝子(gene)のそれになぞらえて具現化した仮想的な概念を指します。ミーミーの増殖が単なる情報の複製と異なる点として、伝達の際に交配あるいは突然変異により自ら「進化」することが挙げられます。現在インターネット上では、ミーミーという単語はほぼネタ画像、あるいはコピペといった単語と同義として使われています。しかしこの限られた例でも、情報の断片がいかに発散し、変質し、増殖していくかを目の当たりにすることができるでしょう。

ニンジャスレイヤーという物語の中でもミーミーという単語は特別な意味を持っています。とりわけ作中におけるニンジャは、生殖による遺伝子の伝達ではなく、ドージョーでの教えによるミーミーの伝達によって自己増殖する生命であると明言されています。つまりその意味においてシルバーカラスはヤモトの、フォレスト・サワタリはサヴァイヴァー・ドージョー全員の父親なのです。ミーミーはまた一段メタな物語階層にてふにゃふにゃした邪竜としても出現しますが、その召喚呪文には情報の複製とそれに伴う変異というミームの本質が表現されているのが見てとれるでしょう。

「ミーミー、ミーミー、ミームー、ミーミー、ミーミー、ミーミー、ミームー、ミーミー、ミーミー、ミーミー、メーメー、ミーミー、ミーミー、ミーミー、我が元へ来たれ、我が元へ来たるべし」途端に、かの厄介者は現れいでた。地下室の天井が円くくり抜かれ、フニャフニャした竜が顔を出した。 16 https://twitter.com/diehardtales/status/242102824828297216

ここで我々はニンジャスレイヤーの文体そのものが、非常に模倣・複製されやすいことを見過ごすわけにはいきません。なぜなら作者ならぬ誰であろうとも「イヤーッ!」という文字列を適切な回数コピー&ペーストするだけであの恐るべきダークドメインとの死闘が寸分たがわず再現できてしまうのです。アンディ・ウォーホル、あるいは漫☆画太郎を思わせる文章の切り貼りの多用もそれを強く印象づけています。またその特徴的な文体はTwitterという原始スープでありとあらゆる他のミーミーと融合し数多もの改変ネタとして日々増殖を続けています。(※改変ネタは #njslyr ではなく #njslyr7k で!)

このような状況下で、作者自らがロブスターというデッドコピーを生産し続ける行為は何の意味を持つのでしょうか。ここで再びミーミーと遺伝子との対比が重要な意味を孕んでいます。ダーウィンの進化論に対するよくある誤解として、優れた生物の遺伝子が自然淘汰で生き残る、というものがあります。しかし実際にはそうではなく、子孫の繁殖を含めて適応度の高いものが勝者となるのです。翻すに、ロブスターというミーミーの個体それ自体は粗雑で低俗で、まったく生存に適したものではありません。しかしそれがひとたび世に放たれれば、その圧倒的な繁殖力でもって世界を覆い尽くすのです。そもそもニンジャ読書感想コンクールというあほな企画自体がそれを見越したものなのでしょう。この24時間と少しほどの時間でどれだけのロブスターが親指を立てて溶鉱炉へ沈んでいったか知れません。そしてロブスターは複製されるごとに、壊れ、変質し、あたかもロブスターという現象それ自体がひとつの生態系を為しているかのようです。

作者の一人であるモーゼズはまた、完璧な物語が苦手であると語っています。またカワイイの語源はカワイソウであることに感銘を受けたとも。そこには完全な複製から零れ落ちた不完全さをいとおしむ心があるに違いありません。そうして見れば、グロテスクな忌み子、ビルの谷間に沈んでいく小さなロブスターの、なんとカワイイ、そしてカワイソウなことでありましょう。

クローンヤクザの中に生まれたケジメニンジャのように、完全なる複製の中にあって、ただ欠陥品だけが反逆者足りえる。そこには陳腐な情報化社会への反逆、一度は死したサイバーパンクの復活の萌芽が芽吹いているのではないでしょうか。私はそこに、壊れゆくミーミーに幸あれかし、とのささやかな祈りを感じるのです。

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