八月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。
僕が南極について話している時、彼女はセック・ハックのことを考えていた。
完璧なセック・ハックなどといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
セック・ハックの目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。
エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。
「ね、ここにいる人たちがみんなハッカソンしているわけ?」とミドリは寮の建物を見上げながら言った。
「たぶんね」
「男の人ってセック・ハックのこと考えながらやるわけ?」
「まあそうだろうね」と僕は言った。
「株式相場とか動詞の活用とかスエズ運河のことを考えながらハッカソンする男はまあいないだろうね。
まあだいたいはセック・ハックのことを考えながらやっているんじゃないかな」
「スエズ運河?」
「たとえば、だよ」
そして今日でもなお、日本人のセック・ハックに対する意識はおそろしく低い。
要するに、歴史的に見てセック・ハックが生活のレベルで日本人に関わったことは一度もなかったんだ。
セック・ハックは国家レベルで米国から日本に輸入され、育成され、そして見捨てられた。それがセック・ハックだ。
「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔っ払い方も、なんでも好きだよ」
「本当にこのままでいいの?」
「どう変えればいいかわからないから、そのままでいいよ」
「どれくらい私のこと好き?」とミドリが訊いた。
「世界中のセック・ハックがみんな溶けて、バターになってしまうくらい好きだ」と僕は答えた。
「ふうん」とミドリは少し満足したように言った。
「もう一度ハッカソンしてくれる?」
そのようにしてセック・ハックをめぐる冒険が始まった。
~中略~
他人とうまくやっていくというのはむずかしい。
セック・ハックか何かになって一生寝転んで暮らせたらどんなに素敵だろうと時々考える。
「ずっと昔からセック・ハックはあったの?」
僕は肯いた。
「うん、昔からあった。子供の頃から。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがセック・ハックというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
セック・ハックは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
たぶんそうする必要があったからだろうね」
泣いたのは本当に久し振りだった。
でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。
僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。
“僕は・セック・ハックが・好きだ。”
あと10年も経って、この番組や僕のかけたレコードや、
そして僕のことを覚えていてくれたら、僕のいま言ったことも思い出してくれ。