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@technohippy
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https://www.thebehavioralscientist.com/articles/the-death-of-behavioral-economics
悪いニュースがいくつかある。
行動経済学は死んだ。
そう、それはまだ教えられている。
そう、それはまだ世界中の研究者の研究対象だ。
そう、それはまだ国をまたいで実業家や政府機関に利用されている。
明らかに生きているように見える・・・が、それはゾンビだ。内も外も。
なぜそんなことをいうのか?
理由は大きく2つだ。
行動経済学の主要な発見は何年も再現に失敗している。そして行動経済学の重要な発見*それ自体*、損失回避、ですらその土台が揺らいでいる。
その介入の影響は現実は驚くほど弱い。
これら2つのことから、これからの10〜15年、行動経済学が関心を集め現実に広く使われると私は思わない。
もし行動科学をキャリアに組み込みたいと考えているなら、行動経済学には近づかないことを強く勧める。
もし企業に勤めているなら、行動経済学だけを信用している人とは働かないことを強く勧める。
もし単純に人間の行動と脳について学ぶことに興味があるなら、同時に行動経済学を学ぶようなことは避けよう。
それぞれのポイントをもっと掘り下げてみよう。
1. 主要な発見の再現に失敗している
ここ数年は行動経済学には特によくない年だった。大量に引用された発見の再現に失敗した。
次の2〜3の例が特に目立っている。
身元のわかる犠牲者効果(2014年に私とDan Ariely、Kristen Bermanが書いたワークブックで取り上げられた)
プライミング効果(Cialdiniの「Nudge」とKahnemanの「Thinking, Fast and Slow」で取り上げられた)
しかし最大の再現失敗はこの分野の最も重要なアイデア、損失回避に関するものだ。
正直なところ、ここ最近の暴露(2018〜2020年)より前にこの発見によって私は忠誠を失った。なぜか?それは、かつて私は現実世界、特にマーケティングキャンペーンでのその影響について研究を行ったからだ。
この研究の本文を読むと、損失は非常に強いモチベーションで、もしそれがなければ無関心な顧客を熱狂的な購入者に変えてしまうという考えを受け取るだろう。
真実はと言うと、損失と利益はコンバージョンに同等の効果を与える。現実問題、ほとんどの状況では、損失は実際には行動に与える影響として*より悪い*。
なぜか?
損失に焦点を当てたメッセージは信用できないスパムであるという印象を与えるからだ。それによりあなた、広告発信者が必死であるように見られる。その結果あなたは信用に足らないと判断される。そして信用はセールス、対話、リテンションの基本だ。
「ということは、損失回避は完全にいんちきなのか?」
そうではない。
損失回避は実際に存在することがわかっているが、それは大きな損失に対してだけだ。これは納得できる。すべて台無しにするかも知れない決定には特に慎重に*ならないければいけない*。これはいわゆる「認知バイアス」ではない。これは不合理ではない。実際には完全に道理にかなったものだ。もしある決定があなたやあなたの家族を破壊する可能性があるなら、慎重になるのが当然だ。
「では、損失回避が大きな損失に対してのみ生じると気づいたのはいつか?」
まぁ、実際には、ノーベル経済学賞受賞者のKahnemanとTverskyは損失回避を中心に据えた一般理論であるプロスペクト理論を開発しているときにこの不都合な事実を知ったようだ。残念ながら、損失回避の視点に反証するこの発見は彼らの論文からは注意深く取り除かれていて、彼らのモデルに合わないその他の発見はむしろ彼らの持論をサポートするように事実を曲げて伝えられている。要するに、プロスペクト理論に合わないデータはすべて削除されるか歪められている。
この振る舞いをあなたがどう呼ぶかは知らないが・・・科学ではない。
この分野における2人の巨人のこの疑わしいふるまいに、2018年に公開された論文「容認可能な損失:議論の余地のある損失回避の原点(Acceptable Losses: The Debatable Origins of Loss Aversion)」は焦点を当てている。
この論文は読んだほうがいい。衝撃的だ。アブストラクトのこの行が状況を非常によくまとめている。「・・・効用関数の初期の研究では、非常に大きな損失が強調されすぎている一方、より小さな損失はそうでないことが多いと示されていた。さらに、これらの研究での発見は損失回避の影響について、それらは明らかではないにも関わらず、体系的に誤って伝えられてきた」
この分野の巨頭2人が「体系的に誤って伝えている」と責められていることから、あなたは自分が大きな問題を抱えている事がわかるはずだ。
2018年に公開された「損失回避の損失: 利益よりも不安が大きいのか?(The Loss of Loss Aversion: Will It Loom Larger Than Its Gain?)」という、その次の論文もある。
この論文の著者は損失回避に関する文献の包括的な調査を行い、次のような結論に至っている。「結局、現時点での証拠は損失が利益よりも大きな影響を持つ傾向にあるという主張を支持しない。」
おぉ・・・。
しかし、分野の原点に疑問があるなら、基本的な発見*にも*疑義があるとしても驚くことではない。
損失回避が信用できなければ、この分野の他のアイデアもすべて信用できない。
これにより次の論点が現れる・・・
2. 行動経済学の介入の影響は実際には驚くほど小さい。
何年もの間、私は反ナッジのドラムを叩き続けてきた。2011年以来、現実社会で行動に関する実験を続けてきて、いつもナッジの影響が小さすぎることに打ちのめされてきた。
私の経験では、ナッジは*どのような*認知的な影響を与えることについても、常に失敗する。
UCバークレーの何人かの研究者が最近公開した論文でもこれは支持されている。彼らはここアメリカで行われた2つの「ナッジユニット」による126のランダム化された比較対照試験の結果を調べた。
これらのナッジが平均でどれほど大きな影響を与えたか推測してみてほしい・・・
30%?
20%?
10%?
5%?
3%?
1.5%?
1%?
0%?
もし1.5%と答えたなら、正解だ(※)。
※実際の数値は1.4%だが、もしそう書いていたら具体的すぎてみんなそれを選んでいただろう。
これらのナッジが根拠としているアカデミックな論文によると、ナッジは平均で8.7%の影響を与えられたはずだ。しかし、ここまで来たあなたはおそらく理解できているように、行動経済学はそれほど信頼できる分野ではない。
私が実際にこの論文の著者たちにメールしたところ、彼らはこれらの介入による影響が1%あるというのはある程度称賛できると考えていた。特に介入が安価で簡単であれば。
残念ながら、実際には安価で簡単な介入はありえない。どのような単一の介入でも、それが最低限であれ、管理上のオーバーヘッドが必要になる。なにかしたければ、誰か(もしくは何かのシステム)を投入し管理する必要がある。介入が1%の改善しか見込めないのであれば、おそらく実行する価値はない。正直に言えば、あなたがブレーンストーミングで創造性を発揮すれば、最低でも3〜4%の改善を見込めるアイデアを思いつくだろう。行動経済学のような「科学」は必要ない。
これにより私が指摘したい最後のポイントに至る。つまり、法則と一般化が過大評価されている。
行動経済学のような分野がこれほど魅力的な理由は、それらが複雑な問題に対して簡単で紋切り型の解決策を約束してくれるからだ。
プロダクトの売上を伸ばす方法を考えるのは簡単ではない。どの変数がぱっとしない利益に関係しているのかを見つけ出さなければいけない。
値段が問題なのか?プロダクトが使いにくいのか?デザインがダサいからか?セールス部門が無能なのか?返金/返還ポリシーがないからか?などなど。
これらの疑問の調査には数ヶ月(もしくは数年)のハードワークが必要になることもあり、それが実を結ぶ保証もない。
しかし、もし自分自身ではそれほど苦労もせずに売上を10%、20%、30%も伸ばしてくれるナッジというものがあると行動経済学が教えてくれたら・・・
ワオ。すばらしいじゃないか。これが救いだ。
このため、政府や企業が行動的な「ナッジ」ユニットに数億ドル費やしたとしても驚くには当たらない。
残念なことに、これまで見てきたように、ナッジははなはだお粗末だ。
特別な問題には特別な解決策が必要になる。19歳の大学生がたくさん集まって研究した結果見つかった一般的な原則に基づく決まりきった対策は役に立たない。
しかし、社会科学は創造的な状況に依存する解決策よりも、一般的な原則が問題に対する良い解決策だとうまく説得してきた。
私の経験では、特定の問題に特別に誂えた創造的な解決策は*いつも*研究などに基づいた一般的な解決策よりもよい結果が得られる。
これはほとんどの研究室での研究が重要なある変数を除外することが原因だ。私はそれを「状況との適合(situational fit)」と呼んでいる。ある意味これは科学的なプロセスの問題だ。興味のある一つを除いてすべての変数をコントロールして、コンテキストによらず一般化された効果を見つけ出す。しかし、人間はビリヤードのボールでも水素分子でもない。私たちは非常に複雑で、同じ刺激に対しても状況に応じて異なる形で反応する。これは研究室で行われる行動科学研究の根本的な問題のひとつだ。人間を奇妙なコンテキストに置き、不自然な設定での振る舞いは複雑で自然な設定に一般化できるという仮定を置く。こんなことは(ほぼ)絶対に起こらない。人々がUCバークレーの研究室である形の影響を受けたからと言って、家のソファで寛いでいるときやバーで友人と会話しているときに同じように影響を受けるということにはならない。
行動科学のほとんど誰もこのことについて話さないのは驚くべきことで、私はこれが行動科学で問題が繰り返されるさまざまな理由のひとつだと信じている(出版バイアス、統計不正、不適切なインセンティブなど)
私の経験では、行動変容への最善の介入は科学的な行動の理解によって創造性が伝えられたときに、エレガントで状況に特化した解決策という結果として現れる。一般的な原則はブレーンストーミングの開始点としてはすばらしいものの、そこがゴールにはなりえない。
現在は、行動科学の適用によって創造性が失われる結果になっている。これは恥ずべきことだ。Dan Arielyを含む私がこれまで共に働いた最高の行動科学者は第一に創造性に溢れた天才で、行動科学者であることはその次だからだ。
この分野を守りたいなら、ひとつですべてに対応できるナッジという考えを捨て、創造性を受け入れなければいけない。そうしなければ、行動経済学のPhDは印刷された紙以上の価値はなく、応用行動科学者はダボス会議(Davos)ではなくドードー鳥(Dodo)に向かっていることになる。
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