(この記事は会計系 Advent Calendar 2023の7日目の記事です。)
2022年10月28日に公表された「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の改正によって、その他の包括利益に関連する取引から生じた法人税、住民税及び事業税 (法人税等1) は損益 (PL) ではなくその他の包括利益 (OCI, other comprehensive income) に計上すべきことが日本基準でも明確になりました。
そう、日本基準でも。
国際会計基準 (IFRS) には従来同様の規定がありました。しかも、IFRSでは税金費用のPL・OCI按分はかなり難解な領域で、例えばEYの解説本であるInternational GAAP 2023ではこの論点の解説に26ページを割いています。
この記事では日本基準の改正でどのような仕訳が必要になるかを簡単におさらいしつつ、IFRS実務ではこの論点にどう対応しているかをご紹介します。
改正基準の「公表にあたって」資料では、次のような場合に基準改正の影響を受けるとされています。
(1) グループ通算制度 (従来の連結納税制度を含む。) の開始時又は加入時に、会計上、評価・換算差額等又はその他の包括利益累計額が計上されている資産又は負債に対して、税務上、時価評価が行われ、課税所得計算に含まれる場合
(2) (後述するため省略)
(1) はその他有価証券の未実現損益が課税所得に算入されて法人税等が発生したケースを主に指しています。基準の改正による仕訳への影響は新たに追加された設例で示されており、端的には以下のように仕訳が追加されます。
(仕訳例) 当期中に1,000千円で取得したその他有価証券の時価が当期末までに1,500千円に上昇した。また、当該評価益500千円は課税所得に算入された (税率30%)。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
その他有価証券 | 500 | |
その他有価証券評価差額金 | 500 | |
法人税、住民税及び事業税 | 150 | |
未払法人税等 | 150 | |
その他有価証券評価差額金 (追加) | 150 | |
法人税、住民税及び事業税 (追加) | 150 |
従来基準では評価損益がその他有価証券評価差額金 (OCI) に計上される一方、課税所得計算を通じて計上される法人税等はPLに計上されたため、税引前利益と税金費用の対応が取れていませんでした。基準の改正により仕訳が追加され、法人税等をPLではなくOCIに計上することになったため、税引前利益と税金費用の対応が取れるようになりました。
ところで、その他有価証券は一般的に洗替法で会計処理されます。つまり、前期末に計上した評価差額金・繰延税金負債を当期首にリバースし、当期末に評価差額金・繰延税金負債の期末残高を再度計算して計上する実務が広く行われていると考えられます。しかし、前述の仕訳を翌期首に以下のようにリバースすることはできません。
(誤った仕訳の例) | 借方 | 貸方 |
---|---|---|
その他有価証券評価差額金 | 500 | |
その他有価証券 | 500 | |
未払法人税等 | 150 | |
その他有価証券評価差額金 | 150 |
繰延税金負債と異なり、未払法人税等150千円は実際に納付して決済されるため、期首に取り消すわけにいかないためです。また、この未払法人税等150千円と評価差額金150千円の仕訳は、翌期以降も次のような点に留意する必要があり、繰延税金負債とは異なる取り扱いが求められます。
- 将来の法改正で法人税率が変わっても150千円を納付した事実は変わらないため、150千円という金額を記録し続ける必要がある。繰延税金負債のように期末時点の適用税率を評価損益に乗じて計算することはできない。
- その他有価証券の時価と取得原価の差額のうち、課税済みの500千円に係る繰延税金負債は認識されない。時価と取得原価に加え、課税済みの500千円という金額を記録し続ける必要がある。
言い換えると、その他有価証券の評価差額金と税効果はどちらも一種の経過勘定として従来取り扱われていて、だからこそ洗替法による会計処理がフィットしていました。しかし、法人税等が生じて現金のやり取りも生じるともはや経過勘定として取り扱うことができず、洗替法だけで仕訳することができません。OCIに計上する法人税等は洗替法を前提に構築された会計実務を破壊するため、従来とは別種の帳簿価額管理が必要になります。
キャッシュ・フロー計算書に載る現金ベースの「法人税等の支払額」は、一般的にはPLで認識した法人税等の額に未払法人税等の増減額を加減することで計算されます。前述の仕訳例から法人税等勘定を抽出して現金収支を計算すると以下のとおりですが、この計算は誤っています。
(誤った収支計算の例) | 現金収支 |
---|---|
法人税、住民税及び事業税 | △150 |
+ 未払法人税等の増減額 (△は減少) | 150 |
+ 法人税、住民税及び事業税 (追加) | 150 |
= 法人税等の支払額又は還付額 (△は支払) | 150 |
還付額150千円という結果になっていますが、前述の仕訳例の内容は未払法人税等を引き当てただけでありキャッシュ・フローは生じていないため、法人税等の支払額又は還付額はゼロになる必要があります。正しくはOCIで認識した法人税等も抽出して以下のように計算します。
現金収支 | |
---|---|
法人税、住民税及び事業税 | △150 |
+ 未払法人税等の増減額 (△は減少) | 150 |
+ 法人税、住民税及び事業税 (追加) | 150 |
+ その他有価証券評価差額金 (追加) | △150 |
= 法人税等の支払額又は還付額 (△は支払) | 0 |
従来OCIに関する仕訳はキャッシュ・フローを伴わない取引としてキャッシュ・フロー計算書の作成時にはほぼ無視して差し支えありませんでしたが、OCIで法人税等が計上されることにより、今後はOCIも考慮したうえで現金収支を計算する必要があります。
日本基準のその他有価証券に相当するIFRSの概念がいわゆるFVTOCI (fair value through OCI) 資本性投資ですが、日本基準とは異なり売却損益のPLへの組替調整 (リサイクル) が禁じられているため、売却損益や税務上も認容される減損損失に帰属する法人税等が当然のようにOCIに計上されてきました。IFRSの実務慣行は非常に多様だと考えられますが、次のように勘定科目を細分化して仕訳を起こすことで、前述の日本基準改正で生じるような諸問題は解決することができます2。
- その他有価証券
- その他有価証券 : 取得原価
- その他有価証券 : 税務簿価への調整
- その他有価証券 : 時価への調整
- その他有価証券評価差額金
- その他有価証券評価差額金 : 税引前損益
- その他有価証券評価差額金 : 法人税等
- その他有価証券評価差額金 : 法人税等調整額
細分化した勘定科目で前述の仕訳例の仕訳を起こすと以下のようになります。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
その他有価証券 : 税務簿価への調整 | 500 | |
その他有価証券評価差額金 : 税引前損益 | 500 | |
その他有価証券評価差額金 : 法人税等 | 150 | |
未払法人税等 | 150 |
現金ベースの法人税等の支払額は以下のようにPL法人税等とOCI法人税等に未払法人税等の増減額を調整して計算します。
現金収支 | |
---|---|
法人税、住民税及び事業税 | 0 |
+ その他有価証券評価差額金 : 法人税等 | △150 |
+ 未払法人税等の増減額 (△は減少) | 150 |
= 法人税等の支払額又は還付額 (△は支払) | 0 |
洗替法を採用する必要性が特にないため、翌期首に前期末の仕訳をリバースする必要はありません。翌期末に有価証券の時価が例えば200千円下落した場合は、以下のように仕訳します。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
その他有価証券評価差額金 : 税引前損益 | 200 | |
その他有価証券 : 時価への調整 | 200 | |
繰延税金資産 | 60 | |
その他有価証券評価差額金 : 法人税等調整額 | 60 |
その他有価証券勘定の内訳は、以下のように分解されます。
当期末 | 翌期末 | |
---|---|---|
その他有価証券 : 取得原価 | 1,000 | 1,000 |
その他有価証券 : 税務簿価への調整 | 500 | 500 |
その他有価証券 : 時価への調整 | △200 | |
その他有価証券 (BS計上額) | 1,500 | 1,300 |
取得原価勘定が当初取得原価を表すため、これを開示したり売却損益を計算したりするのは容易です。また、時価への調整勘定の残高が税効果会計上の一時差異金額に当たるため、適用する法人税率が変わった場合でも繰延税金資産・負債の調整は簡単です。
細分化された勘定科目の増減を見れば、包括利益計算書で表示する内容は以下のように明白です。
当期 | 翌期 | |
---|---|---|
その他有価証券評価差額金 : 税引前損益 | 500 | △200 |
その他有価証券評価差額金 : 法人税等 | △150 | |
その他有価証券評価差額金 : 法人税等調整額 | 60 | |
税引後OCI | 350 | △140 |
以上のように、記帳技術としての洗替法を廃止する代わりに資産勘定を細分化することで取得原価と含み損益などの残高を把握し、またOCI累計額勘定をPLのような期中発生額勘定に細分化することで増減額を把握するのが、IFRSでのOCI計算の基本的な戦略になります。
改正基準の「公表にあたって」資料で基準改正による影響を受ける場合として挙げられているもののもう一つは、次のようなケースです。
(2) 退職給付について確定給付制度を採用しており、連結財務諸表上、未認識数理計算上の差異等をその他の包括利益累計額として計上している場合において、確定給付企業年金に係る規約に基づいて支出した掛金等の額が、税務上、支出の時点で損金の額に算入される場合
このケースは具体的には次のような一連の仕訳における、(c) の法人税等のPL・OCI按分がテーマになっています。
(a) 当期の退職給付費用を計上する。退職給付費用は損金の額に算入されないため、生じる一時差異について繰延税金資産を計上する。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
退職給付費用 | 700 | |
年金資産 | 100 | |
退職給付債務 | 800 | |
繰延税金資産 | 210 | |
法人税等調整額 | 210 |
(b) 当期に生じた数理計算上の差異 (不利差異) を計上する。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
退職給付に係る調整額 | 300 | |
年金資産 | 200 | |
退職給付債務 | 100 | |
繰延税金資産 | 90 | |
退職給付に係る調整額 | 90 |
(c) 確定給付企業年金に係る規約に基づいて掛金を拠出する。当該掛金は支出の時点で損金の額に算入されるため、当期の法人税等を減額すると同時に、将来減算一時差異の解消による繰延税金資産の取り崩しを認識する。
借方 | 貸方 | |
---|---|---|
年金資産 | 500 | |
現金 | 500 | |
未払法人税等 | 150 | |
法人税、住民税及び事業税 (★) | 150 | |
法人税等調整額 | 150 | |
繰延税金資産 | 150 |
退職給付に係る負債 (年金資産と退職給付債務の純額) はPLとOCIの両方を通じて計上されるため、掛金拠出によりそれを取り崩す取引もPLとOCIの両方に関連するものと言えます。しかし、★印を付した法人税等は従来基準では (深い考えもなしに) PL法人税等に計上されていました。基準改正によりOCIに関連する法人税等はOCIに計上するのが原則とされたため、掛金拠出に関連する法人税等についても、OCIに関連する部分はOCIに計上するのが原則となりました3。
このケースは基準改正による影響を受ける取引とはされているものの、実務上は仕訳に影響を与えないと考えられます。改正基準第5-3項において、OCIに帰属する法人税等の金額を算定することが困難である場合はPLに計上してよいと定められているためです。前述の仕訳例においては (c) の法人税等をPL・OCI按分するのは難しくないように見えますが、長期間にわたって退職給付に係る負債を計上したり取り崩したりしている場合や、PL・OCIを通じて計上した退職給付債務の額を超える掛金を前払いする場合などは、按分方法が自明ではありません。したがって、今回の改正基準では第5-3項の例外が設けられ、結論の背景では退職給付に関する取引が例外に該当する取引として想定されていることが明確に記されています (第29-7項)。
IFRSにも前述の第5-3項のような例外規定がありますが、全額をPL認識するのではなく、按分が困難な場合であっても合理的な比例配分もしくはその他の適切な方法によってPLとOCIに按分することが求められています (IAS 12.63) 4。なお、IAS 12.63は日本基準とは異なり、法人税等だけでなく法人税等調整額にも同様に適用されます。
具体的な按分方法は会社の会計方針に委ねられますが、例えばEYのInternational GAAP 2023では次のような考え方が例示されています。
- 過去数年間の掛金拠出額とPL退職給付費用を比較し、前者が上回っていれば掛金がPL退職給付費用を「カバー」していたとみなす。
- 退職給付債務の額を超える掛金を前払いする場合は、その積立超過額が将来PLとOCIのどちらを通じて取り崩されるかを見積り、それに基づいて税金費用をPL・OCI按分する。
この例示を見ればわかるとおり厳密なPL・OCI按分計算は求められていないため、合理的な範囲であればさまざまな按分方法が考えられます。また、日本基準のようにOCIに由来する繰延税金資産・負債残高を計算して追跡する実務 (税効果適用指針第42項) も求められていません。IFRSでは数理計算上の差異等が償却されず、これらの未償却残高を把握する必要がないため、これに合わせてOCIに由来する一時差異の追跡を完全にやめてしまい、税金費用のPL・OCI按分は過去数年間の傾向に基づいて簡便に按分する方法などを採用している会社も多いと推測されます。
掛金拠出等に関する法人税等の論点は、単純なPL認識を許す日本基準のほうが寛大なように見えて、リサイクルのための諸情報の収集が不要なことと会計方針選択の自由度の高さが相まって、実務上はIFRSのほうが単純な仕訳で済んでいる事例だと考えられます5。
今回の改正によってOCIに関連する取引から生じた法人税等をOCIに計上すべきことが日本基準でも明確になりましたが、その他有価証券評価差額金に関する法人税等は生じる状況が限られ、かつ企業年金への掛金拠出等に関する法人税等は実質的に従来の取り扱いから変更がないため、基準改正の影響はさほど大きくないと考えられます。しかし、現金支出を伴う法人税等が計上されることで従来の未実現損益的なOCIの性質が大きく変質しているため、洗替法を用いた経過勘定的な会計処理に無理が生じてくることが予想されます。その点、OCIを一時的な評価・換算差額等ではなく、業績指標としての収入・支出項目の一つとして捉えてきたIFRSにおける実務には一日の長があります。この記事で例示したようなIFRS実務の考え方が日本基準実務でも役立てば幸いです。
This work © 2023 by LiosK is licensed under CC BY 4.0.
Footnotes
-
記事中の「法人税等」と「法人税等調整額」はそれぞれ一貫して当期税金費用と繰延税金費用を指します。当期税金費用・繰延税金費用という語のほうが紛らわしさがなくわかりやすいと個人的には考えていますが、日本の会計実務で一般的に用いられる用語ではないためです。同様に、日本基準に慣れた読者を想定し、IFRSにおける仕訳例でも日本基準で一般的に用いられる勘定科目を便宜的に用いています。 ↩
-
実は、改正後の日本基準で生じる諸問題は、「その他有価証券評価差額金を定められた金額で純資産の部に表示しなければならない」「該当の有価証券の売却時には過去にOCIで認識した法人税等もリサイクルしなければならない」という日本基準特有の要件に本質的には由来する側面があります。IFRSでは純資産の内訳の表示方法は会社の会計方針次第であり、かつ売却損益のリサイクルも禁じられているため、例えば評価差額金の税引後当期発生額を直ちに利益剰余金に直入する会計方針を採っている会社では仕訳や勘定科目体系を大幅に単純化することができます。ただし、IFRSを適用している日系企業には、日本基準同様に含み損益に相当する評価差額金を純資産に計上し、売却時に実現損益相当額を利益剰余金に振り替えている会社も多いため、この記事では日本基準同様の評価差額金残高を計算しうる実務の一例を示しています。 ↩
-
今回の基準改正によって取り扱いが変わったのは法人税等だけであり、法人税等調整額の取り扱いは変わっていません。ただし、法人税等をPLとOCIに按分するのは課税所得をPLとOCIに按分するのと同義であり、その結果PLとOCIに帰属する一時差異の発生額が変動するため、法人税等調整額のPL・OCI按分にも影響を及ぼします。なお、記事中の仕訳例では法人税等と法人税等調整額が同額・逆向きに発生しているため、法人税等をどう按分しても税引後PL・OCIへの影響はなく、法人税等と法人税等調整額が両建てで増減するだけです。ただし、法人税等をどのように按分するかによってOCIに帰属する一時差異の残高が変わるため、将来、法人税率変更等によって繰延税金資産・負債が変動したときに、PLとOCIに配分される法人税等調整額に影響します。 ↩
-
日本基準と違い単純なPL処理を認められないのは、IFRSでは退職給付に係る調整額のリサイクルを認めていないからだと考えられます。日本基準では数理計算上の差異等の償却により長期的にはOCI累計額がゼロになるため、償却に合わせて法人税等調整額もリサイクルすることでOCIに帰属する一時差異の残高も自然とゼロになり、長期的にはOCIを通じて生じた一時差異の全額がOCIを通じて解消されます。IFRSではリサイクルをしないため、OCIに関連する法人税等調整額はOCIに計上すべきとする基本原則 (IAS 12.61A) から大きく逸脱しないためには、一時差異の発生だけでなく解消による影響額も、何らかの方法でOCIにも配分する必要があるのだと考えられます。 ↩
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IFRS適用会社でも、日本基準同様の退職給付に係る調整累計額を純資産に表示することを会計方針で選択している場合はこの限りでなく、何らかの方法で日本基準同様に数理計算上の差異等の残高を計算し続ける必要があります。ただし、その他有価証券評価差額金とは異なり、日系のIFRS適用会社でもそのような表示を採用している会社はほとんどありません。 ↩