ここでは,大学研究室の中心活動である研究会の考え方を記します。この文書は山本の私見であるため,研究室によっては研究会に対する考え方がまったく異なる可能性があります。なお,研究分野や研究室主宰者によっては研究会のことをゼミと呼ぶ場合もあります。
大学研究室の存在意義は大きくは「研究」「教育」の2つに大別されます。
第1の存在意義は研究です。研究室に所属する教員および学生は,研究室がかかげるビジョンに沿った研究を行います。研究室で行われる研究プロジェクトは,個人型もあればグループ型もあります。どちらの場合でも,研究室に所属するメンバーは,研究室がかかげるビジョンを達成するための研究仲間です。研究の経験・スキルの差はあれ,学生も研究仲間ということになります。
第2の存在意義は教育です。大学は高い教養やスキルを持つ人材を育てることをミッションの一つとしており,そのミッションは大学研究室にも引き継がれます。
まともな大学であれば卒業・修了要件として,一定の単位数を揃えることに加えて卒業・修了研究を行うことが設定されていると思います。大学によっては,卒業・修了研究に単位が設定されていることもあります。
ただし,卒業・修了研究は講義とは異なり,その進め方はシラバス等に明確に記述されていません。講義は内容,開講時間,開講場所が定められていますが,卒業・修了研究に開講時間という概念は存在しません。もちろん,研究室によっては学生が研究室に滞在し研究活動を行う時間(コアタイム)が設定されている場合もありますが,それは研究室が独自に定めたルールであり,教務上の拘束力はありません。
ところで,ディプロマポリシーはご存じでしょうか。ディプロマポリシーとは,学位授与の判断のための基本的な考え方として、卒業・修了要件や、育成する人材に修得を期待する能力などを示したものです。まともな大学であれば,大学レベル,学部レベルでディプロマポリシーが定められています。ディプロマポリシーは公式の基準ですし卒業・修了要件にきっちり触れています。ですので,山本個人としては,ディプロマポリシーは卒業・修了研究の判定にも適用されるべきだと考えています。
閑話休題。研究会の話に戻りましょう。すでに述べたように,卒業・修了研究は卒業・修了要件の一つとして定められているものの,そのやり方については教務上はとくにルールは定められておりません。そのため,学生が研究会に積極的に参加していなかったとしても,教員は教務ルール上文句をいうことができません。
ただし,これは覚えておいてください。研究会は研究室の中心活動であり,教員にとっても学生にとっても非常に大きな意味を持っています。以下に研究会の目的を記しますが,研究会に積極的に参加するとしないでは,卒業・修了までの研究室ライフおよびその後の人生に大きな差が出ると思ってください。
みなさんにとって研究会とはどのような存在でしょうか。学生によっては,
- 定期的に自分の研究の進捗状況を発表しなければならない場
- よく分からない他人の研究を眠気を我慢しながら聞く場 というイメージを持っている人もいるでしょう。
研究会の目的の一つは「研究を進めること」です。重要なのは「誰の研究を進めるのか」です。教員にとっては,自分が思い描く研究ビジョンを達成するために,研究室メンバーと議論する場です。
学生にとっては,自分の卒業・修了研究を進める場であることは間違いないでしょう。しかし,それだけであるならば教員,学生が集まって研究会をひらく必要はありません。教員と学生がマンツーマンで研究ミーティングをすればよいのです。では,なぜ 学生を集めて研究会をひらくのか?それはすでに述べたように,学生は研究室のメンバーであり研究仲間であるからです。仲間であるならば,自分の研究だけでなく研究仲間の研究も進めるべく議論するはずです。研究会とは研究室メンバー全員の研究をすすめるための相互扶助コミュニティであるべきだと考えます。
研究会のもう一つの目的は「スキルUP」です。研究室で得られるスキルといえばと聞かれたら,講義・演習を中心に学習をつみかさねてきた学生の皆さんは,「いよいよ専門的なスキルを身につける場が研究室ではないの?」と答えるかもしれません。実際,研究室活動をつうじて専門的な知識やスキルを身につけていくことはできます。しかし,それ以外にも研究室活動を通じて得られるスキルはたくさんあります。主なものは以下の通りです:
- 専門分野に関する力
- 専門分野に関する知識(例:データベース)
- 専門分野の知識を使いこなすスキル(例:プログラミング)
- 汎用的な力(以下,ジェネリックスキル)
- 論理的思考力
- 計画能力
- コミュニケーションスキル(例:プレゼンテーション能力,文書作成能力)
- 学習能力
- 問題解決能力
- 問題発見能力
学生のみなさんは,大学に入ったからには専門分野に関する知識やスキルを高めたいと思われているかもしれません。しかし,実際に社会に出て質の高い仕事を行うためには,専門分野の知識・スキルよりも上で挙げたジェネリックスキルの方が重要と考えます。正解が定まっている学校の講義とは違い,世の中で起きている問題はどうやって扱えばいいのか正解がありません。また,何が問題なのかすら分かっていないこともしばしば。そのような状況を打開するためには,上で述べたジェネリックスキルを用いて問題を整理して,学習しながら問題解決を行っていく必要があります。専門知識というのはジェネリックスキルがあってこそ活きるのであり,専門知識しかない人は答えがある問題を解くだけの人になってしまいます。
また,専門分野に関する知識やスキルを伸ばすためのツールや機会は,世の中にたくさんあるので,鍛えようと思えばいつでも鍛えられます。一方で,ジェネリックスキルは社会で遭遇する問題を解決するために必須,磨く機会は実はほとんどありません。では,ジェネリックスキルをどこで身につけるのか?ジェネリックスキルを鍛えられる数少ない場所が大学研究室の研究会なのです。
研究会でジェネリックスキルを身につける方法は何か。端的にいえば,研究会に積極的に参加することです。積極的に参加するとは何か?自分の研究についての進捗発表においては発表内容を伝えようと努力することです。研究会はいろんな人が時間を割いてあなたの発表のために参加してくれています。研究を効果的に進めるためには,いろいろな人から忌憚のない意見をフィードバックしてもらう必要があります。研究室メンバーはフィードバックをもらうことができる最も身近な存在です。良質なフィードバックを得るには,伝わるプレゼンテーションを行う必要があります。そのためには,発表内容を整理し,わかりやすく内容を表現・伝達する必要があります。プレゼンテーションがうまくいかなかった時,その原因を聴衆にあると考える人がいますが,それは違います。たいていの場合は,発表者にあります。客観性と思いやりをもって伝われるプレゼンテーションを作りましょう。この努力が論理的思考能力やコミュニケーションスキルの向上につながります。
研究会でジェネリックスキルを鍛える方法は他にもあります。それは,他人の発表・議論に積極的に参加することです。他人の研究発表に積極的に参加するとはどういうことか?1つは他者の発表を聞きながら,自分ならどうやってアプローチするかを妄想することです。こうすることで,問題解決能力や問題発見能力が身につきます。
2つ目の方法は積極的に質問することです。質問の目的はさまざまです。少なくとも以下の目的が考えられます:
- 分からない点を確認するための質問
- 発表者の研究が進む方法を,発表者(あるいは聴衆みんな)が考えるための質問
タイプ1の質問は,質問者の知識を高めるための質問です。これもありです。しかし,ジェネリックスキルを鍛えるためにより有効なのはタイプ2です。この質問は非常に頭を使いますが,発表者のためにもなりますし,何よりも質問者の問題解決能力や問題発見能力,コミュニケーション能力が鍛えられます。タイプ2の質問は質問者のジェネリックスキルを鍛えるだけでなく,発表者のプロジェクトを後押ししたり,研究室メンバー全員が一緒になって考える機会をつくることにもつながります。研究室は共通の研究ビジョンに向かって構成員が努力を積み重ねるコミュニティです。コミュニティのために行うタイプ2の質問をする力は,みなさんが社会出て,他者と協業しながらプロジェクトを動かすときにも役立つスキルだと思います。
本記事では,大学研究室における研究会の目的,研究会を通して得られるスキルについての個人的な思いをまとめました。学生の皆さんが大学を卒業するときにどんな人間になっているかは,目的意識の持ち方によって大きく変わります。研究室主宰者はインフラや機会は提供しますが,研究会を含めた研究室活動から最終的に果実を得られるかは,学生の皆さん次第です。ここで記したことを一度はよく考えてみてください。その結果,みなさんが「研究会に出席しない」「内職する」といった行動を取ったとしても山本は気に留めないことにします。