研究とは,未解決課題や未解明の事象に対して,その解決方法や理解に関する新しい主張(claim)を提示し,それを立証する行為.解決方法や理解の仕方を検討するために,研究では問いを立てる.この問いをリサーチ・クエスチョン(research question)と呼ぶ.リサーチ・クエスチョンに対する仮の回答が仮説(hypotheses)である.仮説は立証されて初めて主張となる.一般に,仮説の立証は,実験,シミュレーション,数学的論証,調査・観察などによって行われる.
現実と理想とのギャップを「問題(problem)」と呼ぶ.課題(issue)とは問題を解決するために,取り組むべき・議論すべき事柄を意味する.課題の中でも,特に取り組むべき/議論すべき,やりがいのある本質的な課題を,英語ではchallengeと呼ぶ.
- 現実と理想のギャップである問題を設定する
- 良いリサーチ・クエスチョンを考える
- リサーチ・クエスチョンに対する仮の回答である仮説を考える
- 仮説を検証するための研究手続きを設計する
- 仮説検証に必要となる具体的な方法・環境(例:実験装置,アンケート)を構築する
- 構築した方法論・環境を用いて,仮説検証に必要となるデータを収集する(例:実験)
- 収集したデータを分析する
- 分析結果を基に,仮説の妥当性や仮説検証方法を考察する
- 仮説の検証結果とリサーチ・クエスチョンに対する答えを導く
- 研究で明らかになった知見の社会/コミュニティへの示唆(implication),研究手法の限界,今後の展開をまとめる
- 研究成果を論文としてまとめる
- ステップ1に戻る
※ 注意:当然のことであるが,研究の方法論は研究テーマやリサーチクエスチョン,仮説によって変わってくる.
取り組むべき本質的な課題を見極めて,課題に対する回答を検討し,高い説得力と再現性をもって主張を提示する研究.
研究の素晴らしさは課題設定で決まる.すなわち「良い研究 = 良い課題設定(リサーチ・クエスチョン)」である.リサーチクエスチョン・課題をどう言葉で表現するかでも,課題解決に向けた思考や行動が大きく変わる.良い「問い」を設定することは極めて重要.
良いリサーチクエスチョン/良い課題設定は以下を満たす:
- その問い/課題に答えることによって,社会/学術コミュニティに本質的な益がもたらされる(有用性)
- その問い/課題が,社会/学術コミュニティで議論されてこなかった未開/未踏のものである(新規性)
- その問い/課題に対して,きっちりと答えを出せること(解けない課題を設定しないこと:実行可能性)
- その問い/課題を考えると自分自身がワクワクする.思考と感情が揺さぶられる
- その問いに答えることで,新しい本質的な問いが生まれること
※ 注意点 「社会/学術コミュニティにとって益がある」研究とは,下記の2通りの考え方がある
- アプローチの質
- 解決しようとしている課題の質 社会/学術的コミュニティにとって益がある研究テーマを考えるときに重要なのは,「アプローチの質」よりも「解決しようとしている課題の質」を徹底的に優先して考えること.多くの人は,世の中ですでに知られている課題に対して,それをうまく解くアプローチを考えようとする.これはアプローチの質で勝負している.これは一見良さそうに見えるが,競争相手が多く,重箱の隅を突っつく戦いになるだけでなく,研究をやっている気になる.本当にやらなければならないことは,そもそも解くべき課題を見つけることである.誰も気付いていないが,解決することが大いに意味がある課題を見つけることに注力すべき.
時間が限られているので,悪いリサーチクエスチョン,悪い課題設定で研究に取り組むのは,時間の無駄!
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抽象と具体,個人と社会,過去と未来を往復させることでリサーチクエスチョンの解像度を上げること
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複数の思考モードを使い分けること
- 素人思考(素朴思考):直感や好奇心を大事に
- 天邪鬼思考(玄人思考):批判的に課題を見直す.穴を探す
- 道具思考:考える視点を固定する.例えば「工学的」な視点で考える
- 構造化思考:問題を俯瞰して,構成要素同士の関係性を整理する
- 哲学的思考:本質やそもそも論を考えてみる.常識や前提を疑う
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自分の興味関心と自分の得意なこととのANDを考慮して,課題を見つけること
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(工学的な)リサーチクエスチョンや課題の設定では,「体験」や「経験」を改善・改良・発明することを意識する.道具や方法論そのものに焦点を当てない.そのためには,リサーチクエスチョンや課題を「名詞」ではなく「動詞」で表現することが重要
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価値基準を曖昧にしないためにも,はっきりとした形容詞を使って,リサーチクエスチョンや課題,仮説を設定する
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問題や想定課題の周辺にある基本情報、原則を素早くスキャンすること.ただし,調べすぎないこと
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東京大学/Sony CSLの曆本先生の「研究法」のスライド/動画を必ず見ること!
- 山本が言いたいこと,後述する「イシューよりはじめよ」とほぼ同じ内容を分かりやすく解説してくださってます
- スライド on SlideShare
- 動画 on YouTube
- 課題の解きやすさや取り組みやすさの誘惑に負けないこと.課題の本質・意義に拘ること
- あなたが解かなくてもよい課題を設定しないようにすること
- 自分本位に陥らないこと
- ツールやソリューションなどの導入自体が目的化しないこと
- 悲観的な課題設計にしないこと.前向きに取り組みたいと思える課題にすること
- 優等生ぶらないこと.自分事になっていない課題は解決策を考えられなくなる.規範的な思考に揺さぶりをかけること
- 壮大な課題を設定しないこと.壮大な課題は自分事になりにくいし,具体的に解決策を考えることが難しい
まずは,自分の興味・関心,面白さで研究テーマを探すこと.まずは,以下の問いを自分に投げかけてみること
- 自分は何をしているとき/考えているとき,面白いと思うか?
- 自分が大切にしている価値観は何か?
- 自分はどんなことに腹が立っているか?解決したくてたまらないことは何か?
- 自分は何をもっと知りたいか?
やってはいけないことは「方法論を学んでから,テーマを考える」というアプローチ.方法論から入ると,取り組むテーマの枠が小さくなる.研究を進めるために必要な方法論は,その都度学べばよい.
テーマを考える上で大事なことは「研究経験者と相談する」ことである.研究経験者は,
- 何が研究テーマになり得て,何が研究テーマになり得ないか,
- テーマをどのように広げるか,狭めるか
- 研究を進める上で何が必要になるか
- 研究を進める上で何に苦労するか を考えることができる.研究初心者は研究テーマを考えるためにも,研究経験者と相談すべき.ただし,研究テーマは自分で決めること.自分がやりたいと思えない研究テーマ,人から決められた研究テーマでは,研究で必ず遭遇するいくつものピンチを乗り切るモチベーションが湧かない(湧くはずがない).
『研究の育て方:ゴールとプロセスの「見える化」』にも書かれているように,研究初心者の学生の多くは「研究の方法論が分かれば研究が進む」という誤解を持っている.優れた研究成果を出す研究者は優れた研究方法を身につけていることが多いが,優れた研究方法を身につけても優れた研究をできるとは限らない.研究方法は良い研究を行うための必要条件であって,十分条件ではない.3Cやら4Pやらのフレームワークを知ったところで,良いビジネスプランが作れるわけではない,という話と同じ.
- 近藤克則著,『研究の育て方:ゴールとプロセスの「見える化」』,医学書院(2018)
- 安宅和人著,『イシューからはじめよ - 知的生産の「シンプルな本質」』,英治出版(2010)
- 安斎勇樹,塩瀬隆之著,『問いのデザイン: 創造的対話のファシリテーション』,学芸出版社(2020)